海の森公園は、東京都江東区の中央防波堤内側埋立地に誕生した都市公園であり、東京2020オリンピックの総合馬術クロスカントリー競技会場として整備された本格的なジョギングコースと、東京湾を360度見渡せる圧倒的な景色が楽しめる、都内屈指のランニングスポットです。2025年3月にグランドオープンを迎えたこの公園は、かつてごみの埋立処分場であった場所が約24万本もの植樹によって豊かな森へと再生された、環境再生のシンボルでもあります。本記事では、クロスカントリーコースの特徴やアクセス方法、そして海から眺める東京のパノラマビューの魅力について詳しくお伝えします。

海の森公園とは:ごみの山から生まれ変わった奇跡の森
海の森公園は、東京都江東区海の森三丁目に位置する大規模な都市公園です。この場所は、高度経済成長期以降の東京から排出されたごみと建設発生土によって造成された人工島であり、1973年から1987年にかけてごみの埋め立て処分場として機能していました。当時の東京は爆発的な人口増加と消費活動の拡大によりごみ処理能力が限界に達しており、江東区を中心とする「ごみ戦争」と呼ばれる社会問題が発生していた時代でした。
この負の遺産とも言える場所を都市の新たな資産へと転換させる構想が「海の森プロジェクト」です。2005年より開始されたこのプロジェクトでは、苗木作りから植樹、育樹に至るプロセスに延べ2万3千人以上の都民、企業、NPOがボランティアとして参画しました。かつてごみを排出した市民自身の手によってその場所を緑化するというストーリーは、都市における資源循環と環境再生の象徴的なモデルケースとなっています。
サンドイッチ工法による特殊な地盤構造
海の森公園の地下には約1,230万トンもの廃棄物が眠っています。廃棄物の分解過程で発生するメタンガスや地盤沈下の問題を解決しつつ、樹木が健全に生育できる環境を整えるために採用されたのが「サンドイッチ工法」と呼ばれる技術です。この工法では、ごみの層と土の層を互い違いに積み上げることで地盤の安定化を図るとともに、発生するガスを適切に排出・処理するガス抜き管などの設備が地下に張り巡らされています。
この工法によって造成された人工地盤は、微生物の働きによって長い時間をかけて安定化し、その上部に植栽された樹木の根がしっかりと張ることで、強風が吹き荒れる東京湾の過酷な環境にも耐えうる強固な森へと成長しました。ランナーが踏みしめる大地の直下にはかつての都市の記憶が眠っており、その上を走るという行為自体が環境再生のプロセスを体感することに他なりません。
潜在自然植生に基づく植栽計画
植栽計画においては、潮風や乾燥に強い樹種が選定されました。主要な樹種としては、タブノキ、スダジイ、ウバメガシなどの常緑広葉樹を中心に、エノキやムクノキなどの落葉樹も混植されています。これらの樹木は「潜在自然植生」の考え方に基づき、本来この地域の気候風土に適した「土地本来の森」を再現することを目指しています。造成初期には苗木であった木々は、現在では鬱蒼とした森へと成長し、林床には腐葉土が形成され、多様な昆虫や小動物が生息できる環境が整いつつあります。
クロスカントリーコースの特徴:オリンピックレガシーを活かした本格的なトレーニング環境
海の森公園がランナーから注目を集める最大の理由は、東京2020オリンピックの総合馬術クロスカントリー競技会場として整備されたという経緯と、その遺産として残された特殊なコース環境にあります。
オリンピック競技で使用された本格コース
五輪開催時、この地には全長約6キロメートルに及ぶ壮大なクロスカントリーコースが造成されました。このコースは単なる平坦な芝生ではなく、人工的に造成された地形を活かしたアップダウンや、バンケット(土塁)などの障害物が配置された極めてテクニカルなレイアウトでした。コースの幅員は約15メートル確保され、馬が高速で疾走しても脚への負担が少ないよう、徹底管理された良質な芝生が敷き詰められていました。
現在、一般開放に向けた公園整備の中で、このクロスカントリーコースの一部はそのままの形状を活かしたランニングエリアや散策路として転用されています。アスファルトやコンクリートの舗装路でのランニングは着地衝撃が膝や腰に蓄積しやすいですが、海の森公園の芝生や土の路面は適度なクッション性があり、関節への負担を大幅に軽減します。同時に、不安定な路面を捉えて走ることで足裏の微細な筋肉や体幹バランス、固有受容感覚が自然と鍛えられるため、マラソン後半のスタミナ維持やトレイルランニングの実戦的なトレーニングには最適の環境といえます。
常設ランニングコースのバリエーション
日常的な利用を想定し、公園内には初心者やジョガー向けの整備されたコースも設定されています。1kmランニングコースとして園路を活用した1周約1kmのコースがあり、路面には距離表示が塗装されています。これはペース走やインターバルトレーニングなど、正確な距離計測が必要な練習に適しています。
外周コースとして公園の外周や主要園路を組み合わせることで、より長い距離を確保することも可能です。外周を大きく回ることで1周あたり約4.5km程度の距離を取ることができ、東京湾の海原や対岸の都市景観を眺めながら走ることができるため、LSD(Long Slow Distance)などの長時間トレーニングでも飽きることなく走り続けることができます。
広域連携コースとして、さらに距離を伸ばしたい場合は、公園に隣接する海の森水上競技場エリアや、若洲海浜公園からのアプローチを含めることで、往復10kmから20kmを超えるロング走のコースを構築することも可能です。若洲海浜公園を起点とし、東京ゲートブリッジを渡って海の森公園を周回し再び戻るルートは、ハーフマラソン相当の距離と相当な高低差を含むため、非常に強度の高いトレーニングとなります。
ランニング環境としてのメリット
皇居ランや代々木公園、駒沢公園といった都内の主要なランニングスポットはランナーの過密化が進んでおり、接触の危険やストレスを感じる場面も少なくありません。対照的に、海の森公園はアクセスが限定的であることから圧倒的に人口密度が低く、「空いている」ことが最大の魅力です。人工的な騒音が極めて少ない静寂な環境、360度広がる空と海、そして森の緑に囲まれて走る体験は、都会の喧騒から物理的にも精神的にも切り離されたマインドフルネスな時間を提供します。信号機によるストップ&ゴーが一切ないため、心拍数を維持したまま走り続けられる点も、シリアスランナーにとっては得難い環境です。
利用時の注意点:風と補給への備え
東京湾の中央部に突き出した地形であるため、風の影響をダイレクトに受けることは覚悟しておく必要があります。特に冬場の北風や春一番の強風時には、遮るもののない外周部では身体が煽られるほどの強風に晒されることがあります。これはトレーニング負荷を高める要因としてはポジティブに捉えることもできますが、体感温度の低下や消耗の激しさを招くため、十分な防寒・防風対策が必須です。
また、公園内およびその周辺にはコンビニエンスストアやスーパーマーケットが一切存在しません。園内の自動販売機は増設されつつあるものの、スポーツドリンクや軽食の入手性は都市部の公園に比べて著しく低いです。夏場の長時間トレーニングにおいては、脱水症状やエネルギー切れを防ぐため、ザックに十分な水分と補給食を携帯する「自己完結型」のスタイルが求められます。
東京湾を一望する圧倒的な景色:360度のパノラマビュー
海の森公園が持つポテンシャルの中で、スポーツ環境と並んで特筆すべきは、その圧倒的な景観価値です。東京湾のほぼ中央に位置し、周囲に視界を遮る高層建築物が存在しないこの場所は、東京という都市を海側から俯瞰する巨大な展望台の役割を果たしています。
東京ゲートブリッジの構造美
公園の東側に架かる「東京ゲートブリッジ」は、全長2,618メートルのトラス橋であり、2頭の恐竜が向かい合っているようなその特異な形状から「恐竜橋」の愛称で親しまれています。海の森公園側からはこの巨大な橋梁構造物を西側から見上げるアングルとなり、そのスケール感と幾何学的な構造美を間近に体感することができます。橋の真下近くまで接近できるポイントでは、鋼鉄の塊が空を切り裂くような迫力に圧倒されることでしょう。
方角ごとの眺望とランドマーク
公園内の小高い丘や展望テラスからは360度のパノラマビューが展開します。
北側の眺望では、東京湾を挟んでレインボーブリッジ、東京タワー、東京スカイツリーという東京の3大ランドマークを一度の視界に収めることができます。丸の内や汐留、虎ノ門などの超高層ビル群が屏風のように立ち並ぶ様子は、まさに「TOKYO」を象徴する景観であり、空気の澄んだ冬晴れの日にはこれらのビル群が鮮明なディテールを持って迫ってきます。
西側の眺望では、東京港の主要航路越しにお台場のフジテレビ本社ビルやパレットタウンの大観覧車、そして品川・大崎方面のビル群を望むことができます。さらにその背後には、気象条件が良ければ富士山の雄大な姿が現れます。特に毎年2月18日〜19日頃と10月23日〜24日頃には、富士山頂に夕日が重なって沈む「ダイヤモンド富士」という現象が観測できる可能性があり、多くの写真愛好家を惹きつける絶景ポイントとなっています。夕暮れ時に海面が黄金色に輝き、シルエットとなった富士山とガントリークレーンが重なる光景は、工業地帯特有の美学を感じさせます。
東側・南側の眺望では、東京ディズニーリゾートのある舞浜エリアや幕張新都心のビル群、そして東京湾の穏やかな海原が広がります。南側に目を転じれば、羽田空港を発着する航空機が頻繁に上空を通過し、着陸態勢に入った機体の腹部や車輪を肉眼で確認できるほどの距離感です。東京湾アクアラインの風の塔や、行き交う大型貨物船、タンカーの姿も、この場所ならではの借景となっています。
季節と時間による表情の変化
無機質な埋立地のイメージとは裏腹に、植樹された森は季節ごとの表情を見せます。春にはオオシマザクラやヤマザクラが淡いピンクの花を咲かせ、新緑の季節には輝くような緑と青い空、そして海のコントラストが美しいです。秋にはススキの穂が夕日に照らされて銀色に輝き、冬には枯野のような寂寥感のある風景が広がります。
通常開園時間は夕方まで(17時など)に設定されている場合が多いですが、夏季の延長開園や花火大会、音楽フェスなどのイベント開催時には、対岸の夜景とライトアップされた東京ゲートブリッジを同時に楽しむことができます。橋のライトアップは月ごとにカラーが変更され、季節感を演出しています。
アクセス方法と利用上の注意点
海の森公園の最大のハードルであり、同時にその静寂な環境を守っている要因でもあるのがアクセスです。「陸の孤島」とも形容されるこの場所への到達は、事前の計画が不可欠となります。
公共交通機関でのアクセス
鉄道駅は公園の徒歩圏内には存在せず、最寄り駅からの二次交通が必要となります。唯一の公共交通機関は都営バス「波01」系統です。りんかい線「東京テレポート駅前」または「テレコムセンター駅」から乗車し、「海の森公園」バス停または「環境局中防合同庁舎前」バス停で下車します。所要時間は約15分〜20分程度です。
重要な注意点として、このバス路線の運行頻度は決して多くありません。特に平日の日中や土日は、1時間に1本〜2本程度の間隔になる時間帯があるため、帰りのバス時刻を事前に確認しておかないと、何もないバス停で長時間待つことになります。また、「環境局中防合同庁舎前」で下車した場合、公園の入り口までさらに徒歩で15分〜20分程度かかる場合があり、広大なエリア内の移動距離を甘く見てはなりません。
大規模イベント開催時やゴールデンウィークの一般公開期間中には、東京テレポート駅などから無料の臨時シャトルバスが運行されることが多いです。これを利用するのが最も確実かつ快適な手段といえます。
自家用車でのアクセス
ランナーやファミリー層にとって、最も推奨される手段は自家用車です。着替えや荷物の保管、補給食の運搬、そして周辺施設への移動の自由度において圧倒的に有利です。
ルートとしては、お台場方面からの場合は「第二航路海底トンネル」を経由して中央防波堤に入ります。海底トンネルを抜けた瞬間に広がる埋立地の風景への変化は劇的です。大井ふ頭方面からの場合は「臨海トンネル」を経由します。新木場・若洲方面からの場合は「東京ゲートブリッジ」を渡ります。橋の上からの眺望を楽しみながらのアプローチは、ドライブコースとしても秀逸です。
海の森公園駐車場が整備されており、収容台数は普通車268台、大型バス3台となっています。利用料金は普通車で平日1回500円、土日祝1,000円であり、現金、クレジットカード、PayPay等に対応しています。都心の相場と比較すればリーズナブルな料金設定です。利用時間は通常7時〜17時であり、夜間の入出庫はできない点に注意が必要です。
東京ゲートブリッジを徒歩で渡るルート
健脚なランナーやサイクリストにとって関心の高い、自力での到達ルートもあります。若洲海浜公園側にある「若洲昇降タワー」から東京ゲートブリッジの歩道(片道約1.6km)に入り、海の上を歩いて海の森公園側へ渡ることができます。歩道の通行可能時間は10時〜17時(夏期は延長あり)であり、最終入場は閉鎖の30分前となります。強風時や悪天候時には閉鎖されることがあります。
ただし、東京ゲートブリッジの歩道では自転車の乗車走行が禁止されており、必ず降車して手押しで通行しなければなりません。また、車道は高速走行する車両が多く危険であるため、自転車の通行自体が禁止されています。橋を渡り終えて中央防波堤側に降り立った後も、公園の中心エリアや水上競技場までは数キロメートルの移動が必要となり、園内の移動スケールが大きいことを認識しておく必要があります。
施設情報:トイレ・シャワー・更衣室
公園内の管理事務所周辺やイベント広場にはトイレが設置されています。シャワー施設は公園内にはありませんが、隣接する「海の森水上競技場」の艇庫棟には更衣室とコインシャワー(1回250円〜500円程度)が完備されています。これらは本来ボートやカヌー競技者向けの施設ですが、一般利用者やイベント参加者にも開放されるケースが多いです。ただし、公園のランニングコースから艇庫棟までは距離があるため、利用する場合は移動時間を計算に入れるか、最初から水上競技場側の駐車場を拠点にするなどの工夫が必要です。
野鳥観察と生態系の回復:ランニングの合間に楽しめる自然体験
海の森公園は単なるスポーツ施設ではなく、失われた自然を人の手で取り戻すという壮大な実験場でもあります。ランニングの合間に観察できる生態系も、この場所ならではの魅力です。
多様な野鳥が生息するサンクチュアリ
造成工事中から、希少な鳥類であるコアジサシの営巣地として保全活動が行われてきた経緯があります。現在は樹木の成長に伴い、草原性の鳥類だけでなく森林性の鳥類も定着しつつあります。春季の調査ではコチドリ、コアジサシ、ツバメ、モズ、カワラヒワなど30種以上の野鳥が確認されており、食物連鎖の頂点に位置するミサゴやチョウゲンボウなどの猛禽類も飛来します。
かつて「死の海」とも呼ばれた場所が、いまや野鳥たちの重要な中継地や営巣地として機能している事実は、環境再生の成果を如実に物語っています。公園内には観察窓や解説板も整備されており、自然観察会などのイベントも定期的に開催されています。
植栽された樹木の成長を定点観測する楽しみ
植樹された24万本の樹木は、スダジイやタブノキなどの常緑樹が主体ですが、季節感を持たせるためにヤマザクラやオオシマザクラ、紅葉する樹種も配置されています。どんぐりから育てられた苗木が十数年の歳月を経て人間の背丈を超え、森としての風格を帯びていく過程を定点観測できるのも、リピーターにとっての楽しみの一つです。足元にはシロツメクサの群落が広がるエリアもあり、視覚的な癒やし効果が高いです。
大規模イベントの開催実績とポテンシャル
海の森公園では、すでに「TOKYO ISLAND」などの音楽フェスティバル、大規模な花火大会、トライアスロン大会などが開催されており、広大な敷地と騒音問題を気にしなくて良い立地特性を活かしたイベント会場としてのポテンシャルは実証済みです。これらのイベント開催時には、普段は立ち入り禁止のエリアが開放されたり、夜間のキャンプ泊が可能になったりと、公園の別の顔を楽しむことができます。
ランナーにとっては、こうしたイベントに合わせて訪問することで、特別なコース設定や充実したサポート体制(エイドステーション、シャトルバス等)の恩恵を受けることができるため、イベント情報をチェックすることは有用です。特に、クロスカントリー大会やトライアスロン大会などでは、普段は走れないエリアを含めた特設コースが設定されることがあり、こうした機会を利用することで五輪コースの全貌を体験することが可能となります。
海の森公園を最大限に楽しむための戦略的な利用方法
海の森公園は、東京湾の絶景、再生された豊かな自然、そして適度な負荷のかかる本格的なトレーニングコースを併せ持つ、比類なきポテンシャルを秘めた都市公園です。しかし、その利用には「アクセスの不便さ」と「現地での補給の困難さ」という2つの大きなハードルをクリアする必要があります。
これから海の森公園を訪れる方に向けて、効果的な利用方法をお伝えします。まず「ピクニック・ラン」のスタイルで臨むことをおすすめします。現地調達は不可能であると割り切り、十分な水(夏場は特に多めに)、補給食、着替え、そしてゴミを持ち帰るための袋を持参し、ピクニックに行く感覚で準備を整えることが重要です。
アクセスについては、自家用車の活用がベストです。アクセスの柔軟性、荷物の管理、そして周辺エリア(お台場や若洲での入浴や食事)への移動を考えると、車での来訪が最も満足度が高い選択となります。
気象条件の確認も欠かせません。風速と風向きはランニングの快適性を大きく左右します。強風予報の日は避け、穏やかな晴天の日を選ぶことで、最高のパノラマビューを享受できます。
そして何より、「景色」と「歴史」を味わう時間を設けることをおすすめします。単にタイムを計測して走るだけでなく、展望テラスで足を止め、目の前に広がる東京のスカイラインを眺め、足元に眠る歴史に思いを馳せる時間を設けることが、他の公園では得られない「海の森公園」だけの体験価値です。
「ごみの山」から蘇った奇跡の森は、2025年3月の本格オープンを経て、東京の新たなランニング聖地として、そして環境学習のフィールドとして、その存在感を増しています。東京にいながら高原のクロスカントリーコースのような負荷と開放感を味わえる海の森公園で、都会の喧騒を忘れた特別なランニング体験をぜひ味わってみてください。









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